「存在感」が必要な理由

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Peterを迎えに行った帰り道



Gustave Moreauの美術館へ行き
音楽とは別の芸術の時を過ごしてきた



家から1分程の距離の至近距離で
あまりにも近所過ぎるため
越して3年になるが今日で2回目の
鑑賞であり、Peterは初めてだった



芸術の国、フランスだけあり
幼稚園や小学校が定期的に美術館へ
連れて行ってくれるため、私より
教養があり、建物や人物、歴史に対し
非常に詳しい



7歳にしてフランス語だけではなく
美術や芸術に関する知識は私よりも
遥かに上であるため、このような
些細な日常から子供の教育の大切さ



崇高なエネルギーに触れる感性を
子供の頃から養うことの重要さを
改めて感じるのである



優秀な息子には叶わないママンで
あるが、存在感だけは得意のようで
美術館の方に「ようこそ、私たちの
近所のマダム」と迎えられた



小学校へ行く途中に位置する
美術館なので何処かの場面で
見られている確率は大きいが
それでも記憶に残して頂ける事は
有り難くも嬉しいものである



ハイヒールで日々、生きている
お陰もあり、パリと云う土地で
あっても存在感だけは醸し出す
ことが出来るようになった



昔は存在感に対して、ここまで
重要視をしてはいなかったが
美しさの哲学に於いて「存在感」は
なくてはならないものだと云える



「存在感」の力は仕事に於いても
プライベートに於いても必須であり
どんなに綺麗であっても人の脳裏に
焼き付くことが出来なければ
結局は第三者には、ただの置き物に
なってしまうのが現実である



しかし、「存在感」とは
誰もが醸し出すことが出来るもの



目に見えるようで見えないものは
特別な人が持つ唯一の力と誤解を
されがちであるが、誰もが手にする
ことが出来る



外からのアプローチ、内側からの
アプローチと両方のバランスが
必要ではあるが、外からに於いては
何と云ってもハイヒールで歩くこと



それも単に歩くのではなく
美しく、エレガンスに歩く事が
最大の武器となる



美しさが放つエネルギーは
人の心を本能的に捉え
記憶の奥深くに残るからである



それに合わせて、国内、国外問わず
ハイヒールで歩く女性は歩き方が
美しくないと多くの方が思っている



歩き方が美しくないから
無理して高いヒールを履いていると
第三者の目からは映ってしまうが
その思い込みや常識を覆すのが
美しく、エレガンスに歩くことである



予想外の驚きを第三者に与えること



これはfirst impressionだけ
ではなく、時を経ても
人の心に深く、強く残るのである



これがビジネスの世界であれば
キャリアに合わせて大きな武器と
なるのは事実でありプライベートで
あれば男性の心も鷲掴みにしてしまう



本能で惹かれたものは
人間は頭でコントロールが出来ない



私たちはこの地球に住む動物の
一種であるため、本能や魂に勝る
ものは存在しないのである



このロジックを基盤に美しさを
開花するための努力をすることは
大切であり、無鉄砲に努力をしても
想像以上の結果や人生を変えるには
値いしないのである



無鉄砲な努力は時間の無駄と
エネルギーの浪費である



先日、ある女性からオートクチュールの
申し込みと同時に嬉しいメールを頂戴した



彼女も私のオートクチュールを
愛してくださるクライアントであり
仕事上、外交官、政府関係者と交流を
する機会が多く、世界に通用する
エレガンスと自分を高めるために
プライベートレッスンを受けられたいと



彼女は4年前にオートクチュールの
レッスンを受けてくださった際に
人生を変えるような出逢いがあった



その記憶が彼女に深く残って
くださったことに心から嬉しく
メール上であるため、簡単では
あるが彼女の仕事の経歴を伺い
当時と重ね合わせただけで
どれほど、ご自身と向き合い続け
今に至るか私の想像を絶した



女性が自分の人生を生きるとは
何と美しいのだと感嘆して止まない



今、この世界で生きる女性は
誰しもが我が人生を自由に
美しく生きる権利があり何人も
各々の人生を邪魔する事が出来ない



今朝、手にした大きな紫陽花



des hortensias



写真では分かりづらいが
一輪の紫陽花はCannelleの
顔の三つ分もある大きさである



この存在感こそ
誰にも邪魔をされない波動と
オーラを放っている



「存在感」とは波動と同じく
外の敵から自分を守る
一種のオーラと武器なのである