身体とハイヒール

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昨晩も素敵なレッスンをありがとうございました!

 

ハイヒールのレッスンと違って
驚きがいっぱいなのと、Asami先生の
理論を改めて教わることによって
ハイヒールのレッスンがより血肉となります。


とても感性を刺激されて、エキサイティングです!



こちらは別件でご連絡をいただいた際に
冒頭で綴ってくださった東條 怜さんからの
言葉であった



そして、以下はカトリーヌさんから
頂戴したメッセージである



昨日も1日ハイヒールで過ごしましたが
レッスンを始める前は、すぐに脱ぎたくなったり
座りたくなったり、特に指が痛かったり
脱いだ後も 脛がパンパンだったりという状態だったのに

 

まだまだ 発展途上な私でさえ、どこか痛いと
いうこともなく、脚が腫れることもなく 

 

ヒップは張る感じはありますが
これはある意味正しく使っている?のかしらと
思ってます

 

逆にランチやカフェで座っている方が浮腫んできて
靴がパンパンになってしまい、歩き始めると治ります

 

少し筋肉がついてきたということでしょうか

 

身体の変化に興奮してしまい
それでもすぐにお伝えしたくてメールしました



オートクチュール、プレタポルテのレッスンに
於いても筋肉の繋がりを意識をしてもらうため
繋がりをエクササイズを通して感じてはもらうが
実際に座った状態で理論を説明をすることの
恩恵が実に大きいことはコンサルティングの
クライアントの方々を通して感じる事の一つである



頭で理解をすると、線と線が繋がるかの如く
身体をコントロールする力が変わってくる



YUKIKOさんより、コンサルティングを
受けられて直ぐに、このようなメッセージを
頂戴していた



前にも申し上げましたが、コンサルティングを
受けることは、顧客を持つことに繋がらなくても
自分のためになると感じており、すでにそうなっています。



こちらもコンサルティングを受けられた
初日に凛さんから頂戴したメッセージである

 

先ほどは貴重なお時間をいただいて、ありがとうございました。
プレミアムレッスンの時とは違う、驚きの連続でした。

 

先生のこれまでの人生で得たお知恵や教訓など
財産とも言えるべきことを、伝授していただき
私は本当に幸運です。



ご存知の方はご存知であるが
私は弟子を作ることだけは頑なに
拒んでいた



それは、このような複雑なものを人に
教えることは不可能だと思っており
人の人生や歩き方に責任を持てないと
思っていたからであった



それが、変わった原因とは
2015年に起きたパリのテロ事件であった



自分が今、この瞬間にこの世から
いなくなったら、自分が人生を懸けて
築きあげてきたものは何も残らない



私は自分の経験から得たハイヒールの哲学に
誇りを持っており、この恩恵を受けずして
女性が人生を終えることは勿体無いと思っている



ハイヒールで美しく歩くこともそうであり
女性として在る生き方、人生の切り開き方が
ハイヒールの哲学から通ずるからである



人は他力本願すぎると思っている



腰が痛い、外反母趾、骨盤が歪むなど
女性の悩みは尽きないが、それは
誰かに何かを頼るのではなく、自らの
身体を改革することで改善することが
可能であり、私たちの身体とは全ては
私たちの日々の生活、姿勢、扱い方を
鏡として反射されたに過ぎない



足を組むと骨盤が歪むとレッテルが
あるが、それ以上に私は歩き方が
全てだと思っており、歩き方の影響に
比べれば、足を組むとは雀の涙である



現に、私は足を組むのが好きであり
レストラン以外は、椅子に座る時は
殆ど、足を組んでいる



人間の身体にはしっかりと自己治癒力
適応能力が備わっている



特に適応能力に於いては良い習慣が
働けば最高な力を発揮するが悪い習慣が
働いた時に、身体への警告サインとして
痛みやトラブルとして私たちの身体に
訴えかけているに過ぎない



フラットシューズでは、どんなにポジションが
悪くとも歩けてしまうが、ハイヒールでは
そうは行かないのはご存知の通りである



ハイヒールを味方につけることが出来れば
私たち女性は、必ず、美しく年齢を重ねる
ことが出来る



ハイヒールと自分との関係は依存では
方程式は成り立たない



お互いに独立し合ってこそ、初めて
人生の素晴らしい恩恵が女性の性を通し
齎されるのである





ところで、今週の日曜日のディナーは
husbandの父と祖母であるマミーを
招待し、Cannelleの送迎会である



今ではCannelleはレッスンの際に
サロンのソファーで寝るのが最も
安全だと知っており、仰向けになり
眠っていることが実に多くなった



猫との関係性もハイヒールの哲学に
似ているような感じがする私である